信用組合の元になったのは、イギリスで1844年(日本では黒船来航の7年前)に誕生したロッチデール先駆者組合です。

その時代、庶民は銀行から相手にしてもらえず、暴利を貪る高利貸金しを利用しなければならなく、非常に苦しい生活をしていました。

そのような庶民が「協同」することによって、一般的な利率で資金を融通しあえるようにしたのが信用組合の始まりです。

その考えが大陸に伝わり、ドイツではライファイゼンがこれまで個人で購入していたため高い金額を取られていた種子や苗、肥料などを協同することによって組合で安く購入できるようにした「農村型信用組合」をつくり、シュルツェも協同することによって中小商工者が安く材料を仕入れられたり、そこで働く労働者が安く生活用品を購入できるようにした都市型信用組合をつくりました。

日本には江戸時代以前からある頼母子講や、二宮金次郎尊徳の五常講に期限を発する報徳者運動など、信用組合に準ずる組織や運動がありましたが、明治時代にドイツに留学した品川弥次郎と平田東助によって信用組合についての考え方が伝わりました。

1900年には「産業組合法」が帝国議会で成立し、全国に150以上の信用組合が設立されました。

日本においてはまず、ライファイゼンの農村型信用組合が発展し、その後の経済発展に従って都市型信用組合が発展していきました。

1917年には産業組合法が改正されて都市部で「市街地信用組合」が生まれました。

そして戦後に、現在の信用組合の根拠法である「中小企業等信用組合法」が成立し、最盛期には東京都だけで78の信用組合が活動していました。

このように、ヨーロッパから世界へ広まった150年以上の歴史を持つ信用組合は、社会の様々な要求に応える、時代を超えて必要とされる根本的な社会資本といっても過言ではないでしょう。

地球上には現在、アメリカの「クレジットユニオン」、ドイツ「協同信用組合銀行」、イタリア「庶民銀行」、カナダ「ケースポピュレール」、イギリス「建築貸付信用組合」をはじめ、アジア・アフリカ地域にも様々な信用組合が活動しています。これらの存在が、社会的な信用組合の重要性を証明しているともいえるでしょう。